今日のお菓子は三題噺
[『檸檬』『セロハンテープ』『マゼンタ』](1/1)

『檸檬』『セロハンテープ』『マゼンタ』染*様提供

 マゼンタ色を見ると、決まってある女を思い出す。 マゼンタのワンピースを好んで着ていたからだ。僕はよく言った、もっと落ち着いた色の方がいいと。すると彼女は言う、あなたの理想を叶えたとして、それで世界がよくなるわけじゃないわ。

 苦笑した。なぜワンピースの色ごときで話が世界まで飛躍するのだろう? マゼンタから白になったところで戦争は終わらないし、黒に変わっても病気は人を犯し続けるのだ。

 彼女と僕の付き合いはそう長くない。高校一年の時に顔見知りになり、付き合い始めたのは高校二年になってからだった。僕の方から惚れたのだが、僕のあからさまな態度が伝わったらしく、彼女の方からアプローチしてきた。当然断る理由など一つもない。彼女が、生まれて初めてできた僕の彼女。

 あらゆる所が愛おしかった。恋は人を盲目にさせるとはよく言ったもので、あらゆる行動が愛らしい。嫌いな人間のくしゃみや咳は苛々するが、彼女の場合その仕草をずっと見ていたくなる。本当に困ったものだ。

 それだけ僕は彼女を愛していたのだが、別れは早かった。彼女の心変わりである。きっかけはマゼンタの指摘だった。あまりに派手な色は人の注目を浴びるから、嫉妬深い僕が冒頭のように指摘したのだ。それがお気に召さなかったらしく、彼女は前々から声をかけられていた男のもとに離れていってしまった。

 憔悴しきった僕は、度々思った、梶井基次郎の檸檬のように、彼女が爆発、なんでもいい、消え去ってはくれないかと。僕にとって美のイデアは彼女の他にない。それが消えれば、僕は立ち直れるような気がした。

 マゼンタが散ったのはすぐだ。彼女は、どういう成り行きかはわからないが、付き合っていた男に刺されて死んだ。僕はその情報を聞かされた時、心の中で喜んだ。願いが叶い、これで僕を悩ました美のイデア、マゼンタ、檸檬から解放されたのだ。

 しかし、気持ちは晴れない。心の奥底の何かが、めきめきと音を立てている。亀裂。ちょっとした衝撃で砕けてしまいそうな何か。必死にセロハンテープで養生しても、まるで意味がない。

 気付いた、僕は知らず知らずに逃避していたのだ。ニーチェが警告した、ルサンチマン。本当は望んではいなかった理想は、僕を粉々に砕いた。

 今ではだいぶよくなった精神も、時より見かけるマゼンタによって揺らぐ。しかし、逃げてはならない。マゼンタを塗りつぶさず、消さず、僕はマゼンタをマゼンタとして受け入れる。マゼンタから連想される過去もね……。

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