ヤドカリ男
★ [映画](2/5)

 僕は気が付くと映画館にいた。一人の客もいない、閑散とした映画館だった。

 どうして映画館にいるのだろう。思い出そうとしたが、頭が痛んだ。そして、僕は何一つ――自分の名前でさえ――思い出せない事に気づいた。

 シートにもたれていると、隣に中年の男が来て、椅子に腰を沈めた。

「これからちょっとした映画を放送する」

 彼は出し抜けにそう言った。僕は「なんていうタイトルの映画ですか?」と尋ねた。

「そうだなあ」と彼は考え、「一生、かな」と言った。その言い回しだと、タイトルは決まってない事になる。タイトルのない映画なんて聞いた事がない。

「ポップコーンはいるかい?」
「いや大丈夫です」
「そうか。あと三分で始まるよ。まあ、気を楽にして観てくれ」

 そう言うと中年の男は立ち上がり、後ろへ歩いて行った。

 三分が経つと、ブーという上映を知らせる音が鳴った。ボクシングでいうゴングだ。

 スクリーンに3が表示され、すぐに2に変わり、1となった。東映の波や20世紀FOXのオープニングはない。

 赤ん坊の泣く声がする。画面は真っ暗だ。

 急に光が溢れる。視点はどうやら赤ん坊らしい。看護婦の顔が映る。

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