■ありがとう、近江神宮!(#9)

1 [鹿口] []
高校選手権大会が終わってから、
10日近くが過ぎようとしています。


しかし、今日まで、毎日何やかやと続いて、
書き込みができませんでした。



歳のせいか、(早く書いておかないと)記憶がだんだん薄れてきて
正確な述懐ができず、ただただ「美化」してしまう恐れもあります。


とりあえず、「50代の青春」を送らせていただいた
高校選手権(特に、今回のこと)を記すことにします。


振り返ってみると、かるたの試合をする生徒たちを引率して
近江神宮に行ったのは、今回で16回目になりました。
2012-08-07 21:22

5 [鹿口] []
前年度準優勝校で、今年も優勝候補の一角。
しかも、(前任校で)全国制覇を何回もなさっている知将が
指揮を執られるチーム。


もちろん、相手としては、最高にすばらしい相手。
しかし、このブロックには、強豪校が集まり過ぎた。

どこがベスト8〜ベスト4に入ってもおかしくない。
そのようなチームばかりになってしまった。
運命のいたずら・・・抽選とはそのようなものかもしれない。


とにかくどうやって初戦を突破したらよいのか。
力は六四で向こうに分があるとしても。
勝算がないわけではない。


旅館に帰る途中で、オーダーの案を決め・・・・・。
あとは、戦力確認をし、主将達の意見を聴いてみてから決める。

結局、最初に考えたメンバー&並びで臨んだ。

相手のメンバーには、(段位よりも)伸び盛りと思われる
2年生が選ばれていた。

コールが終わり、着座し、
「並び」を見たときには、正直「これはいける」と思った。


だが、結果は・・・。
相手の選手の頑張りには脱帽!

もっと言うならば、
「かるたのレベル」が違いすぎた。
うちのメンバーは本当によく戦った。
だが、相手チームの力がはるかに上だった。
(それだけに、相手チームには、もっと勝ち上がって
欲しかったのだが。これまた、しかたがない。)


1回戦で負けるようなチームではなかったのだが、
現実は・・・「負けてしまった」。
選手達を責めたりはしない。
抽選運を恨むこともしない。

ただ、いろいろなことがあまりにも起こりすぎた、
今年のチームには「上位入賞の喜び」を味わわせたかった。

3年前の「無欲の準優勝」とは、あまりにも違う「現実」があった。


選手諸君、おつかれさま!
「夢」をプレゼントし続けてくれてありがとう!
2012-08-07 22:16

6 [鹿口] []
1回戦注目のカードだったのかもしれない。

勧学館の1Fでの試合ではあったが、
5局ぐらいのTVカメラが、この対戦を映していた。

夕方の、京都の民放数局のニュースで、鹿本の試合が
(観戦している私も)映ったらしい。
保護者のみなさまが口々にそうおっしゃっていた。

試合は2−3で負けたものの、
選手は本当によく頑張った。


ところで、
明日から富山総文祭に参加するわけだが、
それに参加する3年生5人の目の輝きに対して
密かに「期待できる」ものがある。
まあ、抽選があることだから、
こちらとしては「人事を尽くす」のみ!


翌日の個人戦では、
CD級において、入賞者が5人。
もっと多くてもよいはずだが・・・。
しかし、(B級選手を押さえて)メンバー入りした
C級のふたりが入賞したのは嬉しかった。
このふたりは、本当にこつこつと練習したふたり。
2012-08-08 17:35

7 [鹿口] []
団体戦が終わり、「あきのたの」の碑の前で、
保護者のみなさんや生徒たちと写真を撮っているときに、
高校かるた界の重鎮である、K栖先生が声をかけてくださった。

ちょうど私の妻も隣りにいる場面でのこと。
「鹿口さんは、本当によく頑張って、ここまでチームを育てたね。」と
の誉め言葉を頂戴したときには、感極まるものがあり、
またしても涙腺が刺激を受けてしまった。

この先生からは、鹿本百部を草創し、初めて近江に参戦した時には、
心温まる「激励」のお便りを頂戴した。
前任校時代からお名前だけは存じていた「雲の上の存在」であった先生から、お便りを頂戴して本当に嬉しかった。
その手紙には、某F高校でかるた部を創設されたころのお話(かなりご苦労
なさったことが実に良くわかり、「こちらも頑張らなければ」と励まされた)や静岡の高校かるたのことなどを熱い語調で記されていた。

2年前に、某F高校を訪ねた際には、静岡の先生方とともに
私の「歓迎会」を開催してくださった。
一緒に杯を交わさせていただいた、その折のことは生涯忘れないだろう。


この先生は、生徒の視点に立って物事を判断され、行動されている。
「競技かるた」というマイナーな競技の監督の苦労を
実に良く理解してくださっている。「教師の鑑」ともいうべき、
偉大なる先達である。
この先生が、毎年執筆なさっている「大会観戦記」は、
素人が読んでもわかりやすい。
私を始め、大勢のファンが毎年この「大会観戦記」が送られてくるのを
楽しみにしている。
今年の準優勝校の主将さんも、愛読者のようである。


K栖先生は、炎天下にもかかわらず、
長時間にわたって、
私にいろいろな慰労の言葉&ご自身のこと等を
熱く語ってくださった。

これも、鹿本高校で百人一首競技かるた部を創って
この地に足繁く通うことができたからである。

(楽しいことの多かった11年間だったが)
この11年間のつらかった思いは、一瞬にして吹き切れた!
ありがとうございます、K栖先生!
ありがとう、鹿本百部のみんな!

この時間があったからこそ、
今回の高校選手権大会での辛苦は吹き飛んだのかもしれない(苦笑)。

2012-08-08 17:56

8 [鹿口] []
個人戦の日のこと。


昨年に続いて、滋賀県立武道館の方に足を運んだ。
琵琶湖岸の風光明媚な場所に佇んでいる、
すばらしい施設である。


観覧席で観戦していると、なんと
かるた永世クイーンさんが私の席にやってきて、
「先生、長い間お疲れさまでした」という
労いの言葉をかけてくれた。

1年生の女子が、この光景を目にし、吃驚していた(微笑)。

振り返ると、彼女とは、
10年以上昔からの知り合い(?)である。
彼女がまだB級に上がったばかりの小四のころに
初めて出会った・・・・・。
うちのコーチと同期の某K西高生たちは、
彼女にとって「憎き敵」であった。

「あの娘は将来とんでもない存在になるかもしれない。
だから今のうちに叩いておかないと、みんなが苦しむことになるぞ。」と
B級の部員達を叱咤激励して大会に送り出していた(笑)。
だから、試合後彼女はいつも泣いていた。
そして、予言通り、彼女は「とんでもない存在」になってしまった(笑)。
鹿本百部のあこがれの選手ナンバーワンであることは、言うまでもない。

その当時のことを彼女のご両親は覚えていらっしゃって、
鹿本百部を創設して公認大会に出場した際には、
向こうから声をかけてくださった。

長くやっていると、
楽しいこともたくさんあるのだなあ。
ありがとう、S紀ちゃん!
ありがとう、鹿本百部のみんな!

書けばきりはないが、
個人戦の日も楽しいことがたくさんあった。
2012-08-08 18:10

9 [鹿口] []
今夏も、保護者&ファミリーによる
たくさんの方々が、近江神宮に足を運んでくださって、
熱い応援をしてくださった。

U働会長は、6Mもの「応援横断幕」を作成された。
今回はそれを掲げることができなかった。

しかし、今後県大会等で使用させていただこうと思っている。

京都で懇親会を開催してくださって、
それに十数名が参加されたことの意義も大きかったと思います。

「感謝」・・・この言葉以外の、適切な言葉は存在しません。

ありがとうございました!
2012-08-13 08:58

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